Suntan

2025.03.31



闘いに明け暮れ、なんとかその日その日を生き抜くだけの世紀末。確実に終焉に向かうこの世界で、私は今日も彼の元を尋ねる。
彼は、世界で三番目に強い男。その傍らこそ、私が唯一ほっとひと息吐ける場所であった。

「よォ。よくもまァ、毎日のように俺のエリアに遊びに来てくれるよな、おまえ。俺の顔なんてもう見飽きちゃったんじゃあないの」
飽きるなんて。そんな、とんでもない。
『美人は三日で飽きる』ということわざがある。単なる美しさだけではすぐに魅力が失せてしまう、というものだ。外面を人並みに取り繕っていても、面白みのなさに飽きて掃き捨てられてもおかしくないような存在。まさにそれは、私そのものだ。それなのに彼はいつも、私なんかに美しく微笑んでくれる。
彼は、本当に美しい人だ。

どこかモダンな調度品が揃った彼の小屋。そこに、品格を感じさせる黒い軍服に身を包んだ彼と、どこにでもいそうな身なりをした貧相な私が、ふたりきり。酒を飲み交わしながら、ポーカーやらチェスやらを心ゆくまで楽しむ。未だ、私が彼に勝てたことは数えるほどしかないが、彼とのゲームを重ねるたびに自分の手筈が洗練されていくのがはっきりと分かる。
彼は生粋のギャンブラーであり、感情を麻痺させるドラッグを常用していることもあってか、身体の部位をベットし合うような危険な賭け事なんかもするらしい。彼が自分から自慢げにそのことを話してくるのを見るに、負けたことなど一度たりともないのだろう。彼が私に対してそれをしようと持ちかけてきたことはまだない。だが私はいつか、他の誰でもない……彼に猟奇的な賭けを挑んでみたいと思ってしまっている。友人。ゲーム仲間。そういうありきたりな名の付いた関係を踏み越えて、今にも獲って喰いそうな目で私を見てくれる彼と対峙したくて堪らないのだ。

「お、すげッ、負けた……!?強くなったなぁ、おまえ!」
まあ、この空色の髪を長く垂らした男の陰りひとつない笑顔を見るだけで、心は瞬く間に満ち満ちてしまうわけだけど。

「おまえが遊びに来てくれるのはホントに嬉しいんだけどさ。酒、タバコ、ゲーム、駄弁る。それ以外でしっくりくるもてなし方がイマイチわかんなくてな。俺、ウォーロードとして付き合いあるヤツらは多くても、こういう気兼ねなく付き合えるダチってのは、マジでおまえだけだし。うーん、エロ本でも読む?干し肉もあるよ、食う?」

屈託のない純粋な厚意を受けて、気が利いた返しが思いつかず石のように固まってしまう。
驚くほど普通で何の面白みもない私が、なぜここまで彼と親しくなることができたのか常に疑問に思っている。しかし、彼との関係は人肌のようなほどよい温さがあり、とても居心地が良い。終焉に向かう世界に追い立てられながらもこの憩いの地を見つけることができるなんて、なんという僥倖だろうか。



……ねェ。
「ダチって言い切られて、胸の奥、モヤッてした?」
気付いたら彼は、私の背後に回っていた。
「俺と一緒にやりたいこと……何か。浮かんできたんじゃない?」
ちがう?
聴き慣れた美しい声が、今までよりずっと近くにある。耳にかかる湿っぽい吐息、肩をそっと包むふたつの手のひらの起伏が脳を痺れさせる。急に頭を殴られたみたいに、ぐらりとくる。
酒のせいだろうか。酔いが回っている。何もかも、貴方のせいにさせてもらっていいのだろうか?

「気兼ねなく付き合えるヤツはおまえだけっていうの、ホントだよ?俺の軍の野郎どもに聞いて確かめてみろよ。俺には今まで、浮いた話なんざひとつもない。おまえに出会うまでは、なァ?想像してみろよ。マジメなボスが、特定の誰かさんを小屋に連れ込んで、毎日のように貸し切り状態、ってッ……ふふッ、あのさァ」
けっこうアヤシまれてるよ、おまえ。
あのヒトは一体ボスのなんなのさって、思われてるよ?
私の耳の縁をつつつとなぞる唇から紡がれる声の切れ目が、興奮で震えている。

彼の声が、溜めた息を吐くように私の名前を呼んだ。
「なァ。おまえは、俺とどうなりたい?」

私は、何もかもがどっちつかずの半端者であると自分でも思う。自ら死を選ぶほど世の中に絶望していないが、自分一人だらだらと生き長らえることを想像すると尻込みしてしまう。彼と肩を並べられるほど強くもなく、かといって話に全く耳を貸してもらえないまま彼に斬り伏せられるほど弱くもない。
でも、私は今、彼に問われた。私は自分とどうなりたいのかと。彼が私だけに、問うてくれたのだ。

首だけで振り返ると、そこには美しく笑う愛おしい人がいた。
「……貴方を愛してる」
細く光る金色の瞳を見つめて、私は愛を伝える。
ずっとこうなりたかったのだ。彼と。心の奥底では渇いたように欲していたのだ、彼を。
「私は、貴方のすべてを愛したい」
彼との新たな関係に進むべきか。このままの関係でいるべきか。
どっちつかずのまま揺れていた私の天秤は、ずしりと前者の方へ重く傾いた。



黒い軍服に包まれた彼のシルエットはすらりと細く、優麗だ。だからいつも、彼が長身であることを忘れてしまいがちだ。
「ぁ、やだねェ。乱暴ッ……」
もはや自分の力加減さえも忘れてしまった。床に彼を引き倒して、強引にキスをした。
小鳥が実を啄むような接吻なんて生易しいこと、やってられない。赤いハイネックの襟首を掴んで捕らえたまま、深く舌を差し入れて彼の舌をかっさらう。
そうか、口元の黒子までもが感情的に動く薄いこの唇が。蛇のように長く赤いこの舌が。綺麗に並んだ白いこの歯が。綺麗で煽情的なこの声が。今まで私に笑いかけてくれていたのか。そのすべてが、私のものになる。興奮で頭がどうにかなりそうだった。

軍服の裾からインナーの中に指先を滑り込ませると、私は思わず息を乱したまま動きを止めてしまった。
敏感な指先で触れずともはっきりと分かる。
ジャングル中をあちこち這う無数の蔦のような、ゴツゴツとした傷痕の感触だった。

「お、何?萎えた?」
彼が軽く私の胸を押しただけで、私は情けなく床に尻餅をついてしまった。
「やっぱやめる~とかはイヤだよ?俺は、おまえがいいんだもん」
その両手で両肩をくっと制されるだけで、私はまるで腹を見せる忠犬のように服従しきって床に寝そべってしまう。
「よしよし、おりこうさんだねェ」
私の体に馬乗りになる彼の、男らしい重みが愛おしい。彼の赤い手袋に包まれた指先が、金色のボタンを外す。黒い軍服が骨張った肩を滑り、つつつと腕から脱ぎ落とされる。
次の瞬間、彼は自分の体をガバッと羽交い絞めにするようにして素早く赤いインナーを脱ぎ去った。

彼の、色の白い体。そこには、粗く痛々しい傷痕が、本来の彼の色を埋め尽くすように犇めいていた。

「もっと生ッ白くてキレ~なカラダ想像してた?世界第三位の座に上り詰めるまで、俺も色々あったからねェ……」

どれも煉瓦を積み上げたように幾重にも重なり、生々しく引き攣れ、灼けたような小麦色をしている。
思わず、傷痕に触れた感触が残る指先をきゅっと握り締めた。

「ふふ、なんかうずうずしてる。触っていいよ」
馬乗りになった彼に手を引かれ、静かに上体を起こす。長い髪がカーテンのように垂れるその奥。蠢くような傷痕たちに再び相まみえる。
……硬い。この傷も、この傷も……深く刻まれたとき、彼はさぞ痛く、辛く、苦しかっただろう。

「俺ね、意外とこのカラダ気に入ってるの!この傷痕の、色が好き。俺には大切な兄弟がいたんだけど、まるでアイツの肌の色に近付いていってるみたいで嬉しいんだ!」
痛く、辛く、苦しかっただろうに……。目の前の彼は、極めて楽しそうに、鈴が転がるように笑っている。

「アイツは、腹違いの兄弟だった。俺と肌の色も違った。でもそんなことなんて何も関係ねェんだなって感じるくらい、一緒にいて楽しかった。大人になってからも、ふたりでバカなことやって、笑ってた。アイツは……力に満ち溢れてて、ギラギラ光る太陽みてェなヤツだった」
傷痕に触れる私の手の上に手を重ねて、彼は温もりを拾うように目を閉じる。

「サンバーンって、聞いたことあるか?」
日が出ずるような彼の瞳が、煌々と煌めく。
「俺みたいに色が白いヤツは、日焼けしても赤くなるだけで、焼けずに元に戻る。これが、サンバーン。兄弟みたいに色が黒いヤツは、日焼けしたら赤くならずに、さらに褐色が濃くなる。これが、サンタン。ガキの頃、兄弟と外で遊び回っても俺はいつまでも日に焼けないし、対する兄弟は真っ黒に焼けてるし……不思議で仕方なかった」
彼が私の手を取り、自分の裸の首、喉に触れさせる。その瞬間、彼の喉が動いてごくりと何かを飲み込んだのを手のひら全体で感じ取った。

「……あァ、今でも不思議だよッ!なんでどっかの下衆野郎がッ、境界線の無い俺たちのつながりをぶった切ったのか、頭ブン回して必死こいて考えてもなんもわかんねェッ……!」

彼の顔が快と不快、悦びと憎しみでぐしゃぐしゃに歪みだした。彼は例の、感情を麻痺させるドラッグを服用したのだ。私の手首に手袋越しの爪が鋭く食い込む。胸が苦しくて見ていられない。もう一方の腕を伸ばして汗ばんだ彼の体をそっと抱き締めた。
ああ。私はもう、彼を苦しませたくない。苦しい世界の中であっても、彼を苦しませるすべてのものから、彼を守りたい。だが、私のようなちっぽけな存在に、できるのだろうか。守り切れるのだろうか。愛おしい彼を。

「……ごめんねェ、湿っぽい話してさァ。でもちゃんとカラダはアツアツのままだから……ねェ??」
そら、飲めよ!
顔を上げた彼の舌がずいっと差し出した青い薬を、浅ましく舌を伸ばして受け取る。震える舌の橋をふらふらと渡って口内に転がり込む、小さく丸いもの。躊躇うことなくこくりと飲み込むと、途端に感情が麻痺していく。脳が、痺れる。心地いい痺れだ。

「俺も、おまえを愛してるよ。このカラダのこと、実はどう思われるかちょっと不安だった。でもおまえの傍にいるといつも、コイツは俺の傷ごと愛してくれる人だって思えて、安心できたんだ」
金色の瞳の瞳孔が点滅するように白黒して、その蕩けた声が愛を囁く。
「……俺、死ぬまで一生治らないお前の傷になりたい」

「俺のぜんぶ、傷まであいして……」
床にへたりと倒れ込み、鮮やかな青を散らばした彼が、甘えるように両腕を広げて私を呼ぶ。

もう既に、鮮血を溢れさせるほどの致命傷を負っている気分だ。……悪い気分じゃない。
柔い傷口を食むようにキスをしてやった。
今。今日。ここから。私の一生ものの傷が花開くのだ。



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