Sky Blue

2025.08.06



「『あなたのその声が好き』、か。そ-そ-そんなことを言われるのはは-初めてだよ、エナ」
わたしの願いが叶ったあともわたしは彼とはこうして会っている。それなのに彼は、相変わらず無愛想だ。頭ひとつ分以上も小さいわたしに顔を向けることもなく、背筋を伸ばし、姿勢よく宙に浮かんでいる。このハリのある爽やかな声が、数あるあなたの声の中でいちばん好きだと、わたしは面と向かってそう言っているのに、彼は太い眉毛や重たげな睫毛をぴくりとも動かさない。
まったく、このひとは。もしわたしが今、何の脈絡もなく『あなたを愛しているわ』って言っても、その態度は変わらないのかしら?何か、試してやりたくもなるわ。

厚みのある大きな体躯の前で組まれた両手のうち片方をぐっと引っ張ると、そのつながりは簡単に解けた。あたたかくて大きな手には、粗くざらついた青空が静かに流れている。それに、わたしの鮮やかな黄と青の両手をそっと沿わせる。
……ほらきた。彼は皮肉さえも言わない。わたしの両手を払うこともしない。むしろ、時がぴたりと止まってしまったかのように固まっている。
「ちゃんとこっち見て」
ぎぎ、とブリキが軋む音がしそうなほどゆっくりと。時折グリッチを生じさせながら彼がこちらを見る。
「やっと、こっちを見てくれた」
普段不服そうに垂れ下がっているオレンジ色の唇が今、アシンメトリーにぐにゃりと歪んでいるのは、グリッチのせいではない。

「な-な-な-何のつもりだ……!わ-わ、私をからかっているのか!?」
言葉には棘があるのに、その顔は満更でもないって感じ。さっきよりも熱くなっている青空の最中にキスを落とすと、陶器のように白い肌に夕焼けみたいな朱が差した。
「うッ!」
「あら、初めて聴く声だわ!番人さん、わたし、そういうのも好きよ?」
「いったい何がしたいんだ、君は……!」
彼がもう一方の手で自分の顔を覆い隠す。そんなことをしても、わたしも彼も、言葉がいらないくらい見え透いていた。


「わたしはほんとうにあなたを愛しているのよ、ユリシーズさん」
「……ああ。わ-わ-分かっている。私もだからだ」
彼の名前を呼んで、青空に真っ青な頬を擦り寄せると、もう一方の手がわたしの黒い髪を梳いて黄色の頬を撫でた。
心地良さに閉じていた瞳をそっと開けると、今さっき想いが通じ合ったたばかりの愛おしいひとがわたしだけを見てくれていて。わたしは幸せなのに泣きじゃくりたいような気持ちになって、青空に浮かぶ雲を目で追うことしかできない。

青。じっと見ているだけで悲しくなる色。お腹も空かなくなる色。下手したら闇よりも終わりが見えないような、得体の知れないような、深い色。
でも、あなたとおそろいなら、安心するの。あなたはわたしと同じ、深い悲しみを知っているから。そして、その先に光る幸せも知っている。
お互い、悲しみなくして幸せは得られないことを知っている。だからわたしは、まるで自分自身を愛するように、彼を深く愛しているの。

――胸の奥ではこんなたいそうなことを考えてはいるけど、頭の中は女の子らしいお気楽なことでいっぱいだった。
彼のこのお仕事って、お休みはいつなのかしら?一緒に何か食べに行きたいな。カタブツな彼がカワイイものを食べているところが見てみたい!でもちょっと待って、彼ってお食事を必要とするのかしら?欲望は、決して満たされず……癒されもしない……。


彼がいるこの空間は、灰色の壁、青い柱、緑色の床にシンメトリーに囲まれて、そこに彼と聖なるコードがぽつりと佇んでいるだけで、かなり殺風景だ。
彼にお墨付きを貰うくらいには強欲な魂を持つわたしには少し、いやとっても、退屈すぎる。彼は、ここでひとりでいて、眠くならないのかなあ。寂しく、ないのかなあ。
彼の体温に触れているのもあって、眠くなってきた。まぶたが重い。

「眠いか、エナ」
「うん……」
「す-少し休んでいくといい。何もない、ところだが」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
彼の手に掴まりながらふらふらと歩いていき、灰色の壁にもたれ掛かってみる。硬くて背中が痛くなりそうな予感がするけど、少し眠るだけなら充分な場所だろう。

うとうとしていると、彼が隣に来て、わたしの手を握った。綺麗な、青空だ。夢が叶ったあとみたいに、晴れ渡っている。
「わたし……もし空を飛べたら、この空を飛びたいな。わたし、この空が大好きだもの」
「今眠ったら、夢の中で自由に飛べるかもしれないぞ」
「やったあ~……じゃあ、祝賀会が始まったら、起こしてね……」
「00110001 00110000 00110000 00110000 00110000年もここで寝るつもりか?それは……か-か-勘弁してくれ」

「エナ。ここなら誰も、君を傷付けやしない。私がここで、見守っているから」
ゆっくり、おやすみ。

頭を垂れて彼から顔を背けたのに、彼の指は、迷うことなく……わたしの黄色の頬を伝う幸せな涙を拭っていった。



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