太陽の導き

2020.09.06  2020.11.06



せっせと洗濯物を畳む小さな背中を、テーブルに頬杖を突きながらぼんやりと見つめていた。
俺の犬は今日もよく働いている。
体の華奢さも、よく分からない中身も、あのクソったれな世界にいた頃と何一つ変わっていない。変わったのは髪の長さくらいだろうか。それほど、俺とあいつの付き合いは長い。
色素の薄い髪にリビングに差し込んだ夕日の色が映り込み、瑞々しい果実のように赤くほんのりと色付いている。その隙間からちらりと覗く首はどこまでも白い。有彩色を頑として拒む、無の色。死を感じる色だ。

衣服が微かに擦れる音を聞きながら、おもむろに立ち上がる。すぐに奴が手を止めてこちらを見た。幼い顔や細い体の輪郭を滑らかに縁取る、血潮のような色。奴は今にもその中に溶けて跡形もなくなってしまいそうだ。
「どうかしましたか」
立ち尽くしたままの俺に奴は言う。
「いや」
なぜかばつが悪くなって目を逸らす。視界に点在する赤色が、青緑色の残像になって無機質な室内を漂った。
こいつといると意味もなく泣きたいような空虚な気持ちになる。俺はもう泣き方さえ忘れているというのに。
望むものを手の中に収めながら、もっと、もっとと渇望する気持ち。これはなんだ。寂しさ…だとでもいうのか。

視線を戻す。しばらく手を止めて俺を見ていたらしい奴とまた視線が絡み合う。
奴の傍に歩み寄り、しゃがみ込んで、艶のある髪を撫でてやる。まるで血が通っているかのようにあたたかかった。
「髪が伸びたな、と思っただけだ」
「…ああ、確かにそうですね」
奴は髪を手櫛で梳かし、指先から零れる金糸の一本一本を眺めながら、微睡むようにゆっくりと瞬きをした。
「そろそろ切っちゃおうかな、って思ってたところなんですよ」

急に何も言えなくなって、奴の髪の束を手に取って引き寄せた。細長く、丈夫で、手によく馴染む。まるで首輪から伸びる手綱みたいだと思った。
何に関してもこれといって特別なこだわりを持たないこいつのことだ。メビウスにいたときのような質素な髪型に戻してしまうのだろう。
いいんじゃないか。そう言おうとして、止める。手のひらの中の手綱がブチブチと音を立てて千切れるイメージが、生々しく浮かんできたからだ。
この手綱が切れたら、お前はどこへ逃げるのだろう。その軽やかな足取りで、真っ先に誰の元に走るのか。そう考えたら、胸の奥が不快にざわめいた気がした。

肩まで伸びた髪。共に過ごした年月。それらを重ねてしまうなんて、らしくないと思う。だが、嫌でも考えてしまう。どうしようもないほど離したくないから。
嘘ばかりが紡がれる口が、きつく閉ざされている。何物にも例えられない仄暗い感情が渦を巻いて、言葉が出てこない。

だから、目を閉じて手綱に唇をそっと押し当てた。
穏やかで静かなお互いの呼吸音。鼻腔をくすぐる甘い香り。そんな当たり前のものを掻き集めて眺めてみても、何も言えない。

唇を離して目を開けると、女が俺を見て微笑んでいた。
「このままでいい、ってことですか」
俺の全てに満遍なくぬくもりが降り注いで、どこまでも深く染み渡っていく。こいつはまるで太陽みたいな女だ。
溜め息に交じって、ああ、と感嘆にも似た声が漏れる。
「このままがいい」

人間らしい感情が、波のように押し寄せては返す。鬱陶しくてうんざりするが、その中には無駄なものなど一つたりともありはしないのだろう。



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