涙雨

2024.04.01



窓の外は雨。硝子を這う雨粒は、眺めているだけでも身体の芯が冷えるようだ。
僕の腕を枕にして、彼女は雨に掻き消されそうな寝息を立てる。
彼女は家庭という狭い箱庭の中に囚われ、思い悩んで、眠れないことも多いのだろう。だから今は、腕の痺れさえ心地いい。彼女は聡明な女性だ。青い空を仰ぐ鳥のように、広い世界にもっと想いを馳せて行くべきだと、僕はそう思うのに、

ここでは、僕らは先生と生徒じゃない。彼女が学び舎を卒業したあとも、ずっと。誰でもない、僕が傍らで護り続けたいと思う。男と女でもない。単なる気の迷いでもない。僕は心からこの女性を愛している。

彼女の手を取る。手折れそうなか細い指をそっと撫でる。ここに、僕の指から伸びる赤い糸は繋がっているのだろうか。
……分からない。
読書会のこと。それがどこか引っかかる。みんなで本を開き、知識に深く触れ、清い川のせせらぎのような優しい時の流れに身を任せていても、いつも。まるで、がりがりと石にぶつかりながら流れる小枝のように。あるいは、もはや……水流を完全に分かつような大木のように。

なぜだ?なぜ、他国の本が忌まわしいもののような扱いを受けている?なぜ、あらゆる人が、無慈悲な眼光に監視されている?
誰にでも、自由に生きる権利があるはずなのに。

スイセンのようにまっすぐな心を持つきみと、手を取り合って生きていきたい。
だが、今じゃない。きみを危険な目に遭わせるわけにはいかない。どうにかして今は、護り通したい。
考えはある。でもそれは、少なからず、彼女を傷付ける行いに違いない。
それが、怖い。

彼女も、僕も、読書会のみんなも。心が叫ぶ自由を求めて、在るが儘に生きている。なのに。なぜそれが、遅効性の毒のように身を蝕むのだろう。
苦悶も。悲嘆も。忘却も。
自由という平凡で素晴らしい言葉には似つかわしくないのに。

「……先生?」

まだ眠たそうに目を開けた彼女を、何も言わずに強く抱きしめた。
悪い夢を見て、今にも泣きそうだったから。
彼女じゃなく、僕自身が。



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