Biting Habit
2025.04.03
焚き火を囲む賑やかな仲間たちが一人、また一人と立ち上がっては暗闇に溶けて。気付けばボスと、彼の右腕である俺だけが残っていた。
薪を焚べるのを止めると焚き火の勢いは先細るように衰えて、デカかった『炎』が文字通り、半分の大きさの『火』になった。
俺はてっきり、もっと火にエサをやれとか言われると思ってたのに、意外なことに何も言われない。隣にいるボスをちらりと盗み見る。紫っぽい闇の中に、ボスの三日月みたいに綺麗な横顔が薄ら赤く浮かんでいた。糸みたいに細い目が急にスッと開いたかと思うと、円い金色の瞳が素早く動いて俺を捉えた。
「俺たちも休もうぜ、シンディ」
気付かないうちにその手には焚き火の火を移した松明が握られている。それをぼんやり眺めながら俺が立ち上がると、一拍遅れてボスも立ち上がる。
ボスは上半身を屈め、垂れる長い髪を手で押さえながら、薪の残り火をフッと吹き消した。
二人で真っ暗な小屋に足を踏み入れる。ボスが入り口の近くに松明を固定すると、小屋の中が辛うじてぼんやりと明るくなった。
今日のやることはもう全部終わったってのに、ボスは寝床にも行かずに松明の火をボーッと見て突っ立ってる。いや、俺も同じだ。人のことをとやかく言えない。
我らがダイス軍の衣食住は、他と比べてかなり充実していると思う。品の良い軍服。充分に備蓄された食糧。調度品が揃った小屋。全てはボスがチェスの駒を繰るように、軍の戦績を積み上げてきた成果だ。
だが今は、当たり前に世紀末の真っ只中。電気なんて通ってないからこうやって原始人みたいに火を頼りに夜を明かすしかないし、水もわざわざ水辺に汲みに行くしかない。
小屋も、ドアなんて文化的なものは最初から付いてない。ここは紛れもなく俺たちの拠点だけど、いつ、どんな下郎どもが奇襲を仕掛けてくるか分からないし、何かあればすぐに動けるようにってのが、肝心な理由なんだけど……。
夜は火を消したら暗くて、何が何だか分からない。服や体が汚れたら、わざわざ水辺に行って洗いに行かなきゃならない。仲間たちに怪しい声を聴かれたり、いやらしい姿を見られたりする可能性だってある。
お前はこの不便で不自由な生活をどう思うの、ダイス?
実は内心、堪らなく興奮してたりするんじゃねえのか?
喉から、ごく、と音が鳴った。奴のじゃない。俺のだ。
細い首の後ろに手を添えてこちらを向かせて、唇を重ねる。焚き火の側にいたからか奴のうなじは汗ばんで蒸れていた。それに反して唇は少し乾燥してカサついている。
閉じた歯の列をぞりっと押し広げるようにして舌をぶち込む。すぐにしっとりと濡れた舌にこつりと当たって頭がびりりと痺れる。
ああ、ずっとこうしたかった。滅茶苦茶気持ちいい。腰が砕けそうだ。
肖像画のように美しい顔立ちが火に照らされて、うざったそうに歪んでいるのがよく見える。可愛い。軽く歯で噛んで引っ張ったり絡める舌の動きを激しくしたりして玩んでやると、弾かれたように瞼をぴくりと震わせて悦ぶ。顔が近すぎてピントが合わず、その輪郭がぼやけていてもちゃんと分かる。
クスリなんてやらなくても、俺はこんなにもイイ気分になれる。
誰にも触れられない場所同士がべっとりと絡んでる。それを互いに良しとしている。こんなこと、他の誰もできないし、決してさせない。今までもこれからも、俺だけなんだ……。
奴がぐっと俺の肩を押して唇を離す。大きさの違うふたつの舌を繋ぐ唾液の糸が名残惜しそうに光ってぷっつりと切れた。
「はっ、がっつくなよ、駄犬が……あッさましい顔しやがって」
そう言いつつも奴のもう一方の手は、俺のインナーの胸元に爪を立てるようにきゅっと掴んでいる。どこへも行くなと言わんばかりに。
俺だけを映してるその目。まるで夢を見てるみたいにトロンとしててかなりエロい。ナニがとは言わねえが、もう痛え。
「あ~あ、今日はもう寝るだけだってのに口の周りベタベタでキショい、最ッ悪」
「寝かせないし、もっとグチャグチャにすんだけど?」
舌打ちをしたつもりがその形を成していないような、しい、という音が奴の白い歯の隙間から漏れた。奴が興奮で体を疼かせて、息を鋭く吸い込んだ音だというのはもはや見え見えだった。
この小屋には寝床がふたつあるが、こんな関係になってからは毎晩のように、ひとつの寝床で野郎二人が暑苦しくくっついて寝ている。夜中か早朝に目を覚ましたどちらか一方が、もう一方を空いた寝床にゴロゴロ転がして退かしてから、また眠る。俺たちがデキてるのを仲間たちに悟らせないためのカモフラージュだ。
実は俺は、俺たちと同じように軍の中でデキてるヤツらを知ってる。俺たちだってバレても何も問題はないんだろうが、他でもない……俺がヤダ。俺はこの軍に入って日が浅いけど、そんな俺を受け入れてくれている仲間たちは本当に家族みたいなモンだ。家族にナマあたたかい目で見られるのは誰だって嫌だろ。あと一番は、他のヤツにコイツの恥ずかしい姿とか想像されるのがヤダ。
ホント、なんでこんなガキみたいなこと考えてんだろって思うけど、完全に入れ込んじまったんだからしょうがない。おっさんも恋すりゃちっぽけなガキになるんだよ。たぶん。
奴をお姫サマみたいに抱っこして俺のデカい寝床に横たえて、その体を跨ぐように膝をつく。すると奴はまた今夜も『始まる』実感が湧いて興奮しているのか、自分の体をきゅっと抱き締めた。
顔を近付け、額、こめかみ、耳に順番に唇を滑らせて、細く散らばった水色の長い髪までを手で掬い上げ、キスして愛でる。
「ん、今夜は乱暴だな……?」
奴は今夜も、からかうように悪戯に笑う。
「まだなんもしてないよ」
その余裕はいつまで続くかなあ。
「お前さ。俺のものになれた手応えはあっても、俺をモノにした実感はイマイチ湧かないんだろ」
図星だった。急に俺の本心を暴くのはやめてほしい。心臓に悪い。
「だからそうやって我を忘れたように尻尾振って襲いかかってくるんだよな~。ボスには分かるぞ~?」
気絶させてやろうか、この野郎ッ……!
「……悪いな。俺、自分の全てを賭けてまでヒトのモノにはなれない……そういう性分なんだ。でも俺は、お前が滅茶苦茶好き。お前と一緒にいるとき、俺はボスや兄や男なんて肩書きに囚われずに、ひとりの『俺』でいられるから」
ああ……好き……。
「愛してるよ、シンディ」
うわ声に出てた。恥ずかし。
「愛してるよ。ダイス」
ライバルでありダチでもあった頃だけじゃ知り得なかったコイツのことは思ってたより多くて、日々困惑しながらも慈しむようにしてそれらに触れている。
思い返せば、全てはコイツを中心に廻りだした。コイツが崩壊寸前だった俺の軍と俺の心の脆い箇所を見抜き、俺をこの軍に引き入れる賭けに出てくれたのが始まりだった。
俺は絶対に、コイツが率いるダイス軍を世界で一番強い軍にすると誓う。
なんでか知らんが、既にお互い上裸になってる。どっちが先に脱いだんだっけ、どっちかが脱がせたんだっけ、俺が自分から脱いだんだっけ。わかんねえ。思い出せない。お互いの吐く息が近くて熱い。のぼせそう。頭が回らない。オレイサの夜は、いつまでもじっとりと蒸し暑くて嫌になる。
「この俺が気付いてないとでも思ってるのか?俺の首元ばっかり、ねっとり見やがってよォ」
そりゃ、見るだろ。普段、赤いハイネックインナーと長い水色の髪で隠れてて、こういう時にしか色っぽく筋張ったその全貌を拝めないんだから。
「……スケベ野郎が。俺のハンサムな顔を見ろよ、あ?」
これ見よがしに赤い舌をチロチロ動かしやがるから、窒息しそうなくらい長く深いキスをしてやった。
「いや、めっちゃ見てるよ」
ハンサムな顔がでろでろになってて、ひたすらに可愛い。俺は、お前のどんな顔も愛おしい。
「おらッ、ココ噛めよ」
奴が息を乱しながら、俺のよりずっと白い首筋をくっと見せつけてくる。
「噛みたいんだろ……?インナーで隠れるしさ。お前のケダモノみたいなキモい独占欲見せつけてみろよ、ほらッ……」
奴はいつの間にか手袋を脱いでいた。自分の裸の指先で、長い髪を、解れの一本も許さないくらいしっかりと首の後ろに撫で付けてる。
「俺さ、お前が毎回恐る恐る甘噛みしてるの知ってるんだわ。痕つくとかそういうのじゃなくて、うっかり即死技出して俺をぶっ殺しちまうの怖いんだろ?いいよ、この俺に下手な手加減はいらねえ」
「俺、どうなってもいい……」
奴の薄い唇が妖艶に動いて、十本の指全てが俺の首に軽く沿わされる。俺の太い首には、とてもじゃないが奴の指は回り切らない。でも、脈を探すようにさりさりと動くその指の腹が、俺をじりじりと熱く興奮させ、毒のように全身を冒していく。
「投げやりになってるとかじゃねえ。お前になら首を噛み千切られてポックリ逝ってもいい。刎頸の交わりってヤツだよ、シンディ」
奴の低く作った声が、くくっと上機嫌に喉を鳴らす。
「知ってるか?俺、しばらくジョイやってないんだ。あんなモンやめた。誰かさんのせいでもっとキモチイイこと知っちまったからな」
ああ、なんか、俺。
お前をモノにした実感、やっと湧いてきたかもしれん。
辛抱堪らなくなって、奴の首筋に歯を立てて噛み付いた。
「あっ……!はッ、ぁ、ぐっ……!」
俺の心臓。奴を押し潰すようにのしかかった胸の内側で、とんでもなくバクバクしてる。即死技が出ちまうかどうか不安でヒヤヒヤしてたってのもあるけど、いつもより強く首を噛まれただけで女みたいに声が裏返ってるのがエロすぎて頭がどうにかなりそうだった。柔い皮膚に無意識に鋭い犬歯をぐりぐりとめり込ませてしまって、俺の背中に回された爪ががりがりと暴れた。
「んッ、ほらッ、俺はなァ、ツイてるんだよッ……簡単に死んだり、しねェってのッ」
体をびくつかせる奴の首には、血は出ていないものの、痛々しい色の俺の独占欲の証がくっきり残ってる。申し訳ないのに征服感がハンパない。コイツがこんな仰々しいモンをインナーの下に隠したまま数日間何食わぬ顔で過ごすんだと思うと、頭がくらくらする。
「俺は絶対ッ……この先もラッキーだ。そうとしか思えない。お前がいてくれりゃあ、尚更ハッピーだよ」
あ、幸せ……。生きててよかった。生きて、お前と一緒になれて本当に最高だ。
ボス。俺、今夜はいつにも増してハッスルしちゃうかも。明日はゆっくり寝てていいから。