In the Lights

2021.10.30  2021.12.11



俺は、執念だけでがむしゃらに奴の行方を追っていた。
奴はパーティーの参加者を殺人のターゲットにしたことから、パーティーハードキラーと呼ばれていた。誰一人としてその場に残さない残忍な手口。そして、普通の人間に擬態して生活を続け、入念に計画を立てていたかのように冷静な犯行。俺には奴は腐敗したこの世に一発くれてやるためだけに生まれてきた存在としか思えなかった。
だが、俺は警察だ。他人の生命を脅かす危険な奴は野放しにしておけない。奴が地の果てまで逃げようと、絶対に俺が奴を捕まえる。あのサイコパスのクソガキに、どんな思想を持っていようと人を傷付けていい理由にはならないということを教えてやるんだ。

「ウェストさん?それで、彼を捕まえることはできたんですか?」
頭上から降ってきた男の声にハッとした。
心臓が激しく胸の内側を叩き、呼吸が浅くなっている。そして、帽子を被った頭を支える両手や額、背中までもにじっとりと汗をかいていた。制服がぴったりと体に張り付いていてただただ不快だった。
完全に冴えた両目には、制服に包まれた俺の武骨な両腕と、俺の身体によって眩い光が遮られて影を落としたバーカウンターが映った。どうやらバーカウンターに両肘を突き、両手で頭を抱える形で微睡んでいたらしい。
「聴いてましたか?」息を整えている俺に構わず男は続ける。「結果的に彼を捕まえられたのかと訊いているんです」
「あ…ああ…」やっと唇から吐息と同時に微かな声を絞り出す。「すまない…少し微睡んでいたようだ。最近、奴を追うことに必死でロクに眠れていなくてな」

何度も瞬きをして今の状況を理解する。
ーこの男は。
パーティーハード殺人事件の名付け親である男だ。物腰が柔らかそうな雰囲気を醸し出しながら話すが、俺の行動を俺に反芻させるような質問を頻繁にぶつけてくる。現に今の質問だってそうだ。
ーここは。
たびたび彼と事件について話しているバーの一角だ。

「俺が…奴を捕まえられたのか…という質問だったな」
俺は強張った身体をゆっくりと起こし、両肘を突くのを止めて大きく肩を回した。長い間微睡んでいたらしく、体重を掛けていた両肘の骨や背中が痛んだ。思わずハァ…と息を吐く。
「奴にはいつも寸でのところで逃げられる。運命が奴に味方してるみたいにな。結果的に、俺はまだ奴を捕まえられていない。」思わず彼の方を睨んだ。「…こう言えば満足か?」
俺たちがいるバーカウンターは暗く、彼がグラスを磨いている様子は分かったが、彼の表情ははっきり見て取れなかった。なぜか店内の奥ー彼の背中側ーが眩しいほどに明るく、彼の持つグラスが鈍く青白い光を返していた。
「ええ、私は満足ですよ、ウェストさん」彼は嬉しそうに言う。「貴方の口から事件の全てを語ってもらうからこそ価値があるのです」
「価値だと?あんな凶悪事件の事実に価値なんてクソほどもありゃしないだろ」
俺は帽子を取り、汗で濡れた髪を掻き上げ、再び帽子を深く被り直す。
「もちろん、事件自体に大きな価値はありません」彼は背後の棚に並べられた無数の酒瓶の中からウイスキーの瓶を選んで手に取りながら言った。「確か、ウイスキー…お好きでしたよね?一杯いかがですか?」
「気が利くな。オンザロックで頼む」
「素晴らしいですねぇ、ウェストさん」
彼は以前のように笑いながら言った。
「またそれか」
寝不足による疲れからか、前回のように当たりの強い返しをする気にはなれなかった。  

がつっ、がつっと鋭い音を立てて、彼の持つアイスピックが氷を砕いていく。氷からそれを離す動作よりも、氷にそれを突き刺す動作の方にやけに力が籠もっているように見えた。
「先ほどの話の続きですが」音の合間に彼の声が覗く。「事件を顧みる行動こそが大切だと私は思うのですよ」
「行動か…」
俺は顔の前で祈るように両手を組み、形が変わっていく氷をぼんやりと見つめていた。
「ウェストさん、貴方は彼の行動の根底にある目的について考えたことはありますか?」
「考えたこともないな…考えたくもない。奴が隣人宅のパーティーの騒音に憤りを感じる気持ちは分からんでもない。だが、そこからアメリカ全土のパーティーを潰して回る行動に移す理由が、全く以て理解できない」
「そこで思考を止めてはいけません」彼は一度動きを止め、また氷を砕き始めた。「貴方はどんなことがあっても彼の行方を追ってきたでしょう?彼のことを誰よりもよく知っているはずです。貴方こそ、彼のことを理解しなくてはいけないのです、ウエストさん」
彼がなぜそこまで奴の行動の原理にこだわるのか分からなかった。まだ酒を一滴も飲んでいないのに二日酔いのようにズキズキと頭が痛む。何か、重要なことを思い出しそうなときの頭痛だ。だが、全く分からない。奴が殺人を犯す根底にある考えも。この男が俺に事件の全てを、奴の行動に伴う俺の考えを俺の口から言わせようとしている意図も。

そもそも、この男と俺はどんな経緯で出会ったのか。
なぜ俺はいつもここで酒を飲んでいるのか。
俺はなぜ…奴を捕まえられないままなのか。

眉間を抑え、頭痛に耐える俺の頭上から、思いもよらない言葉が降ってきた。
「娘を殺した犯人を理解しろと言っても、貴方にはすぐにはできませんか?」

娘。その言葉を聞いただけで、思い出す。
俺が心から愛していた娘、ケイティ。彼女は元々心優しい子だったが、素行が悪くなり、家にもあまり帰らなくなった。きっと俺が法を遵守するだの、正しい行いだのと言っているのを聞いて育ったから、正しい道が分からなくなってしまったのだろう。俺は彼女がどんな風に変わろうと愛していたし、常に心から心配し、気にかけていたのだが、果たして彼女はそれに気付いていたのだろうか。
だがそれはもう確かめようがない。素行が悪くなり悪事に興味をもった彼女は、自身の死体を偽装してまで奴を追いかけた。彼女は奴の作品…もとい殺しのファンだった。そしてしまいにはあのゲス野郎が、彼女を自分の作品にした。ケイティを…殺した。
彼女自身が死ぬことを望んだのかは分からない。だが、俺は死ぬまで奴を許せないのは確かだ。俺は奴への憎しみで腸が煮えくり返りそうだった。  

カラコロ、とグラスと氷がぶつかる音がしてそちらに目をやると、すでに大きな氷が浮かぶウイスキーが目の前に置かれていた。
「前にも言いましたが」
身体の内側で暴れまわる激情を押さえつけながら、すまない、と言ってグラスに手を伸ばしたその時だった。
「娘さんは作品になる運命に選ばれただけで、それ以上でもそれ以下でもありません。悔やむ必要はありませんよ」

なんだと?
先ほどまでぼんやりしていた頭の中が怒り一色に染まった。グラスを掴み、勢いよく煽った。氷が揺れ、ウイスキーが零れ、口の端から伝った。乱暴にカウンターにグラスを叩きつける。耳を劈くような音がした。
「このクソ野郎!まだそんなふざけたことを抜かしてやがるのか!」何かがぷつんと切れた俺は、立ち上がると同時に拳でカウンターを叩いた。「いつもいつも!ケイティの死を奴の都合のいいように解釈して!俺を何度も怒らせて!あんなクズ野郎に感情移入してなんになる!?大体あいつに人の心なんてあるのか!」
暗闇の中で彼を睨む。殺意を含んだ目を向けても、怯んでいる様子はない。むしろ俺が怒るのを見て楽しんでいるような…。そんな気がした。
「何か言ったらどうなんだ」
グラスをぎりりと強く掴む。
彼の返事はない。俺の怒りが収まるのを待っているようにも、この状況をただ達観しているようにも感じられる。
「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって」
このままだと目の前にいるこいつを殴ってしまいそうだ。それだけは避けたい。俺は警察だ。どんな状況でも相手のペースに流されてはいけない。俺はきつく目を閉じた。
「他人を傷付け貶めて…お前もあいつとやってることは変わらないじゃないか…ダリウス」
彼はやっと口を開いた。
「貴方がそういうのなら、そうかもしれませんね…ふふふ」
「何がおかしい」
「私は貴方の口から事件の真実を引き出そうとしているだけなのに、どうして貴方がそこまで感情的になるのか不思議に思いまして」
「…」
「もしかしたら当の本人も、私と同じように正しいことをしているだけ…なのかもしれませんよ」

もう怒る気力も湧かなかった。
正しいことだと?
アメリカ中の人間を、パーティーを楽しむ人々を、そして俺の娘を殺し、あらゆる他人の人生を台無しにすることが誠の正義なのか?
ー分からない。
糸くずのように思考が絡まり、脳が考えることを拒否した。  

「もう…俺には分からない。あいつのこともお前のことも…もう疲れた」
いつの間にか結露で濡れたグラスから力の抜けた手が滑り落ち、机に伏していた。
「おやおや、ずいぶんとお疲れのようですね」彼はわざとらしく言う。
「誰のせいだと思ってやがる」
「まあまあ」相変わらず適当に躱す彼。「そういえば、明日も彼の事件に関しての捜査を続けるのですか?」
「…ああ。俺の復讐に休日はないからな」
「素晴らしい!ウェストさんはやはり警察の鑑ですね」
「うるせぇ」
「朝早くから出発される予定で?」
「どうせ今夜も眠れないだろうから今からでも捜査に繰り出したいところだが」
「無理はいけませんよ。行動のパフォーマンスが落ちてしまいます」
「そうだな」俺は力なく笑う。「お前…変なところで優しいよな」
「いずれにせよ、明日の朝に響くとですから、グラスは下げますね」
彼の手が目の前に伸びてきた。暗い中で目を凝らしてよく見ると、彼が着ている紫色のシャツのカフスが見えた。
彼の手によって引き寄せられるグラスの底に溜まっている数ミリリットルの酒を見ていたら、何だか急に口寂しくなってきた。
「待ってくれ」
口寂しさが声になって喉から飛び出した。
「どうかしましたか?」
「…もう何杯かくれないか?」
「止めにするんじゃなかったんですか?」
「そうだな…でも、明日のことなんざもうどうでもよくなってきた」
「私は貴方の意志を尊重しますよ」
「ありがとう」  

「少し飲みすぎではないですか、ウェストさん?」
「いや…」
彼は困ったように笑いながらも、ウイスキーを注ぐのを止めない。アルコールでぼんやりとした頭のまま、ウイスキーの瓶の煤けた茶色の光がカウンターに薄く反射しているのを見ていた。
怒りが頂点に達していたときは酒の味など分からなかったが、今なら分かる。芳醇な香りを含んだ度数の高い冷たい酒が、喉を潤す。ぽかぽかと身体が火照り、スツールから転げ落ちそうなほどの眠気に襲われている。
「お前が間髪入れず酒を注ぐから止め時が分からなくなっただろ」 
「いやぁ、ウェストさんの飲みっぷりがとてもいいのでつい」
「お前な…」
酔ってもなお、俺は陽気でお気楽な気分にはなれない。俺が生きている間中、俺は悲しみと憎しみと空虚な気持ちに満たされている。

世界でたった一人の愛娘、ケイティを失った悲しみ。
あいつをこの手で殺してやりたいほどの激しい憎しみ。
一体いつあいつを捕まえられるのだろうかという空虚な気持ち。
酒はこれらの気持ちを少しだけ忘れさせてくれる。自分を今という瞬間に縛り付け、過去や未来に目を向けないようにしてくれる。これは逃げだって分かってる。でもこうでもしないと狂ってしまいそうなのだ。あいつのように。
「さっき…あいつと同じように正しいことをしているだけって言ったよな」
「そうですが」
「あいつのやってることは正義に基づいてるって言いたいのか?」
「さあ?そういう貴方はどうなんですか?」
「…俺?」もう何も考えたくないのに話を振ってきやがる。「なんで俺に訊く?」
「貴方が人助けをしたり、悪人を捕まえたりしているのは正義からきているんですよね?」
「…ああ、そうだ」
「じゃあ」再び彼は俺の持つグラスに手を伸ばし、縁をなぞった。「もし彼が。仮に彼が正義に基づいて人を殺していたとしたなら。貴方は彼の行動を正当化してしまうということですか?」
「正義に基づいていたとしても、それは違う。他人を傷付けてまで成し遂げることは正義じゃない」
「では…なぜ?なぜいつも彼を止められないのですか?貴方ほどの優秀な人ならば、すぐにでも彼を檻に入れることは可能なはずです」
先ほどまで収まっていた頭痛が、再び頭の中で暴れ出した。
なぜって…言われたって。
「ぐ…」痛みで思わずうめく。「さっきも言っただろ。あいつはいつも寸でのところでいなくなって…」

「果たしてそうでしたか?」
痛い。
「…彼が現実ではありえない不可解な行動を起こしたり、忽然と姿を消したりしたことは?」
頭が灼けるように痛い。
俺の目の前が真っ白になり、いくつもの光景がフラッシュバックする。

奴が眩い光の中で両手を血塗れにして錯乱している光景。
奴がケイティの遺体を抱きかかえ、俺がその背後から銃を構えている光景。
奴をパトカーに乗せ、連行している最中に眩い光と共に奴が姿を消した光景。  

「貴方が彼を必死で追ったのは」
頼む。
「彼を逮捕するためではなく」
止めろ。
「彼の凶行を止めるためでもなく」
言うな。
俺はただー。

「貴方の中の彼が犯した罪を正当化するためだった」
「…そうでしょう、ジョン?」

酒でぼんやりしていた頭が、まるで死を目の前にした人間のように冴え渡っている。背筋や脳の中心が冷え、喉が渇く。背中や脇の下にかいた嫌な汗が、雫となって肌の上を伝う。身体の震えが止まらない。再び心臓が激しく胸の内側を叩く。これが悪夢なら覚めてほしかった。目覚めたら、愛しい娘が何事もなく生きていて…そんな素晴らしい世界に帰してほしかった。
俺はカウンターに置いた空っぽなウイスキーのグラスを凝視することしかできなかった。

奴の。
ダリウスの顔を見ることができない。
先ほどまで会話をしていたのに。
今も、現に目の前にいるのに。

奴はいつの間にか俺の名を親しげに呼んでいる。それが全て。それが真実を表していた。
奴の顔を見ると、諸悪の根源が自分であることを…全ては自分の中で完結していたということを認識させられる。
だから、目の前にいる陽気な調子で話す男を見ないように下を向いていた。  

「急に黙っちゃってどうしたの、ジョン?」奴は俺が見つめていたグラスをさっと下げた。「具合でも悪い?」
「い…いや…」どこも見ることができず、ぎゅっと目を閉じる。
「明日もボクのこと追いかけてくれるんでしょ?尚更健康に気を付けなきゃ」
「…」
「とは言ってもここはキミの夢の中だから、どれだけ飲んだって実際の健康状態には影響しないけどね」
「…」
俺は黙ることしかできなかった。一刻も早く、夢から覚めたかった。

認めたくない。
正義に生きる俺が、もう一人の自我に操られて大勢の人を殺し、大切な娘までも手にかけてしまったなんて。

何の予告もなく脳内が映像と音響でごった返す。
握り締めたナイフを人間の身体を深々と突き刺す感触。
悲鳴。
死体を肩に担いだ時のずっしりとした重み。
パトカーのサイレン。
こと切れた娘の肩を抱いた時の冷たい感触。
数えきれないほどの様々な感覚が、波のように一気に押し寄せてきた。思わず目を見開く。
強烈な吐き気で嘔吐しそうになった。両手の平を重ね、口を塞ぐ。フラッシュバックが消えても、まだ悲鳴やパトカーのサイレンの幻聴が遠くから聞こえた。
何とか吐き気が収まり、肩で息をしながら両手で顔を覆った。

キィ、とバーカウンターの扉が軋む音がしたと思うと、次の瞬間には耳元で奴の声がした。
「ねぇ、ジョン」
肩がビクリと跳ね、あ、と声が漏れた。奴が俺の両肩にポンと両手を置いたのだ。
制服越しに奴の生々しい体温が伝わってきた。
「キミは気付いてたよね、この事実に」
肩に置いた両手の指をバラバラと愉快そうに動かしながら彼は言う。
「…」
「いつから?」
「…お前が」声が擦れた。「お前が…ケイティを殺したときからだ」
「殺した?ボクが?『お前と俺』…の間違いでしょ」
語尾に嗤いを含ませながら、低い声で言う。それは俺の声と瓜二つだった。低音で鼓膜が揺らされると同時に、軽い眩暈で視界も揺れる。
「まだボクを受け入れられないの?」
「…」
「全てはキミが望んだ正義のためだよ」  

正義。それは、俺と奴を結び付けるもの。
俺が弱いせいで、俺が情けないせいで、俺の中にダリウスというもう一つの自我が生まれてしまった。
俺が眠れば奴が目覚め、正義の下で人を殺める。
奴が眠れば俺が目覚め、正義の下で全てをなかったことにしようとする。
俺が生きている限り、奴は止まらない。これは決して上書きできない真実だ。
いつまでもその真実を受け入れられずに狼狽している。そんな俺を見かねて奴は俺の夢の中に攻め込んで来たのだ。俺と直談判をするために。

「キミは弱い人間じゃない…いい加減素直になりなよ。キミはありのままでいいんだよ」

俺は、じっとりと汗を掻いた両手を顔から離し、膝の上に置いた。火照った顔が一気に冷やされ、頭の中が一段と整理された気がした。
そうだ。いつかは認めなければいけなかったんだ。こいつの存在を。
殺したいほど憎い存在は常に俺と共にあるということを。
ーこいつも俺も、罪からは逃げられはしないのだ。

「ああ…そう、だな」
必死で喉から声を絞り出した。
やんちゃな子どものように忙しなく動いていた奴の手の動きがぴたりと止まった。どうやら奴は、俺がもっと粘ると思っていたらしい。
奴が口を開く前に俺は言う。
「こんな真実、絶対に認めたくなかった。夢なら覚めてほしいと何度も思った。でも、俺は全てを受け入れるしかない」
「…どうしたの、急に従順になっちゃって」
奴は動揺を隠すように笑った。
「お前の罪は俺の罪。お前にこんなことをさせたのは、他でもない。俺だ」
後ろに広がっていた奴の余裕めいた空気が薄まった気がした。

「俺はお前を受け入れるよ。お前が俺の一部だってことを受け入れる」
汗ばんだ手で肩に置かれた手をそっと掴む。それはまるで自分の手にもう片方の手を重ねているようだった。背後の黙りこくったもう一人の俺に言葉を紡ぐ。「だから、今日のところは俺の中に帰ってくれ、頼む。一緒に眠ろう」  

すると、奴は俺の手に指を絡めてきた。祈っているかのように組まれた無骨な手。神なんていないこのクソの山に堕ちていっている世界で、俺は何に祈ればいいのだろうか。奴の体温を感じながら、密かにそう思った。
「キミならそう言ってくれると思ってたよ」
奴のもう片方の手が伸びてきて、俺の顎を引き寄せる。
そこには、白い仮面を被ったもう一人の俺がいた。奴が仮面をずらすと、楽しそうに目を細めている俺の顔があった。

「愛してるよ、ジョン」
その人懐っこい笑みを湛えた唇が愛を語り、視界いっぱいに奴の顔が広がった。奴が唇を重ねてきたのだ。奴の頭に押された俺の帽子が床に落ちる。

俺も、ともお前なんて嫌いだ、とも言えず、俺はただ眩い光の中で目を固く閉じた。



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