Dead Inside

2024.04.17



「クソ……ッ!もう、こんなこと、うんざりだ……!」
「まあまあ。落ち着いてよ」
生温かく、普通の人間のような親しみやすさを装ったようなその手を、払い除ける。
「落ち着いていられるかよ!俺の人生、散々台無しにしておいて……!」
「大丈夫だよ、ジョン」
……何が?
俺の身に巻き起こっている全て事象のうち、一体何が大丈夫なんだ?
俺は文字通り、寝ても覚めても……こいつに支配され、苛立ち、恐れ、怒り、泣き、憔悴し、打ちひしがれてきた。もう沢山だ。こんなこと。クソの山に堕ちていくばかりのこの世界に、俺の、俺たちの中の淀んだ正義像が形作られるのだとしても……その前に俺の頭がイカれちまう。こんなことはもう、耐えられない。

「ダリ、ウス……、もッ、もう、俺はお前なんか、嫌いだ……!」
血管がぶち切れそうなほど熱くなった頭の奥の奥から、涙が溢れ出して止まらない。
ただ、一人。お前にさえ、出会わなければ。

「消えろ……!俺の中から……ッ!」

「うん。そっか。そうだね」

え。
俺の喉から、ほぼ息だけで構成された呆けた声が零れる。急に、頭も、身体も、芯から冷えて、涙の温さだけが飛行機雲のように残った。

「じゃあねジョン。バイバイ」
奴が、手を軽くひらつかせながら、背中を向けて歩き出す。
お前、どこに行くつもりだ。
全身が固まって、睫毛の一本すら動かない。ここで、この二人だけの夢の中で、幾度となく奴の胸ぐらを掴み、弾かれるように殴りかかったのに。なんで。

「愛してたよ」
お前は静かに、確かにそう言った。
なのになんで、仮面の向こうの目は、そんなに昏いんだ。



首、背中、額。全身に流星群のように伝う汗の冷たさで目覚めた。
全身が汗にまみれたまま、荒く息をする。
……どうしようもなく、悪い夢を見た。それは、いつものことだった。だが、何か。何かが、変わった気がした。
カーテンの隙間から輝く薄い朱色。今は、深夜、じゃ、ない……?
恐ろしいような心持ちのまま上半身を起こし、髪を掻き上げ、ベッドから立ち上がる。どうしてか身体も頭も重くない。重いが、いつもの病的な重怠さはない。
カーテンを開けると、朱い光が目を刺した。ずっと遠くの空は、澄んで、白んでいる。

……朝。
闇。ダリウスが、忽然と消えて。
俺の、光さえ吸収するようなドス黒い夜が明けた。


俺は、際限のない苦痛に耐えながらこの日を待ち望んでいたのだ。

市民の平穏な日々を護る一人の警察官として、蒼い制服を纏う。
家族を愛していた一人の父親として、殺人鬼に殺された一人娘の死を悼む。
ただ一人の人間として、平凡なまま、自由に生きる。

望む全てが、何の前兆もなく、一度に叶った。

毎日、薬に頼らずとも人並みに眠ることができる。健常に働くことができる。
俺は、平凡で自由で、幸せな……はずだった。




なのに俺は、今日も多量の酒を煽り、便器に跪き、吐瀉物を搾り出している。
湧き上がるような吐き気に耐えきれず、指先が震えて頭皮や首を引っ掻く。黄色い胃液の中に軽く切れた喉の粘膜の血が混じる。視界がぐにゃりと歪んで滲む。

……どうしてこうなった?
お前のせいだ、ダリウス。お前が、勝手に俺の中からいなくなったから。

いくら薬を飲んでも、逃げるように眠っても、どれだけお前の行方を追っても、お前はどこにもいない。俺を理解し、俺の武器となり、存在が当たり前にあったあいつはもう。
俺は確かに、あいつが嫌いじゃなかった。
依存。陶酔。自己愛。なんとか症候群。勝手に言うがいい。
あいつと同じだった。愛してたんだ。

ダリウス。聞いてくれ。
俺の胸にぽっかりと空いた虚ろな穴。そこに風が吹き込むたびに、激しく痛むんだ。それが、いくら穏やかであたたかいものであったとしても。
この穴を埋めてくれなんて、大層なことは言わない。俺は、激情のままにお前を拒絶して、お前の胸にも大きな風穴を空けてしまったのだから。本当に、悪かった。俺は、取り返しのつかないことをした。
せめて、俺の隣で、穏やかな風を一身に浴びてはくれないか。そうすれば、俺はいくらでも痛みを受け入れられる。
なあダリウス。ウチに帰ってこいよ。
お前がいないと俺は、幸も不幸も耐えられない。

こんなことになるのなら、俺がお前に殺されて、成り代わられた方が遥かによかった。
お前が、純粋な悪意の塊のままに、何の罪悪感も持たず、俺のフリをして飄々と生きていくのなら、その方がずっとよかったのに。
俺を、残していくんじゃねぇよ。

窓ガラスを這う雨水のような、大粒の涙が止まらない。
軽々しく俺の肩を叩いてくれ。
振り向いたらいつものようにいてくれ。
俺に謝らせてくれ。
勝手に消えたことを謝ってくれ。
今すぐに。



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