Bullet
2024.05.09
人間は、何のために人を殺すか分かるか?
……分からないよな。お前のようなクズに分かられてたまるか。
まあ、『普通』の人間は、行動の障壁になるから殺す、金品を奪うために殺す、愛する者を自分のものにしたくて殺す……そのときその人間にとって、確実で現実的な目的があるんだ。
だが、お前は違う。
この世界には浄化が必要だと語り、ただ殺しているだけ。
人類の長い歴史の中に、稀に現れるんだ。殺すことが目的の、化け物が。
俺たちと同じ見た目をしてはいるが、一皮剥けばそれは、気まぐれに命を食い散らかす一匹の動物でしかない。
減らず口を叩かなくなったな。どうした。
自分と同じ『正義』の基に、共に手を汚してきた理解者が。不確実に、非現実的に、目的もなく、語り出した。
怖いか?
怖いわけねぇよな。俺はただ、お前と同じことをしてるだけなんだから。
……少し話をしようか。俺の、一方的な騙りだけど。
俺をウェストさんと呼び、俺にことの全容を話すよう促した男。パーティーハード殺人事件の名付け親で、気まぐれに傷口を抉るようなことを口走り俺を煽る、ビチグソゲス野郎。
平穏と静寂を望み、あらゆるパーティーの参加者を皆殺しにして回り、俺の娘にも手にかけたサイコパスのクソガキ。
俺をジョンと呼び、自分たちは善いことをしていると説き、今も俺の目の前にいる、俺と瓜二つの男。
全部、お前であり、あるいは俺だ。
こんな残酷な現実が受け入れなくて喚き、泣き、怒り、憔悴したり……無理もない。
ただパーティーを楽しんでいる人々を殺して回り、俺の娘さえも殺した、殺人鬼。ただの気の違った奴にしか思えず、苦しみ悶えていただろう。ブタ箱にぶち込まれて死んだ後も、俺は一人救われなかっただろう。
もしお前が、完全な他者だったなら、毛ほども理解できなかったよ。何の罪もない人間をただ殺す奴になんざ、歩み寄ろうという気にならなかったと思う。
『正義』を胸に生き、それでも、朽ちていく世界をどうしても見ていられない。
お前は、そんな俺の中に現れたから。赦してやりたいというか。俺もお前に赦されたいというか。孤独の中で喘いでいた気持ちが、救われたというか。上手く言葉にできないが、そう思うんだ。
こんなことを言うのも可笑しい話だが。
お前が俺でよかったと思う。
お前は寝ても覚めても、俺の毎日にべったりで。
どんなにシャワーを浴びても血が取れない俺の手を取って擦り、大丈夫だと言ったり。
自暴自棄になって壁を殴って、気付いたら手に包帯が巻かれていたり。
夢の中なのに、並んでベッドに横になって微睡んだり。
誰かに話したら、何とか症候群だとか言われて気味悪がられるかもしれない。寄生虫が生かさず殺さず宿主をケアをしているだけだとかほざかれるかもしれない。
でも俺は、誰に何と言われようが、救われてた。それだけは確かだった。
娘を殺めた罪悪感。お前への激しい憎悪。お前との奇っ怪な相互理解。俺を取り巻くもの……俺に必要だったのは、その向こうにある、たった一つの事実を見通すことだった。
他でもない俺が、罰すべき愚者だったという。それだけ。俺はそれから、目を逸らし続けていた。お前に囚われ溺れて、お前に救い上げられて、奇妙なぬるま湯から這い出る気力もなかった。だが、今は違う。決めたんだ。お前じゃない。お前と俺とがじゃない。俺。ただ一人。俺自身が。
俺には、俺たちの『決意』に幕を引く『役目』がある。
……無駄だよ。全身に力が入らないだろう。無理に動くな。
セラピストに処方されたあの薬。さっき、もしかしたらとハッとして、飲まずに全部捨てた。
あれのせいなんだろう?お前が俺の中に現れたのは。
何かが変わると信じて律儀に飲んでたのに、笑っちまうよな。あいつの目的は知らんが、俺もお前も、利用されてたってわけだ。あんな小さなものに人生狂わされてたのかよって思うよな。分かるよ。俺だけは、分かってやれる。
もう遅い。俺も、遅すぎた。
最初から、こうすればよかったんだ。
……ダリウス。
愛してたよ。
このクソったれな世界で、お前は俺の光だった。
地獄で、会おう。