WHO CARES.

2024.05.17



彼と会ったら、いつもと様子が違ってた。なんだか、異様に明るかったんだ。表情。声。身振り手振り。完全に同じとまではいかないけど、ホントにボクがもう一人増えたみたいで、きみが悪いくらいだった。
一方的な彼の話を黙って聴いてたけど、中身があるようで、何もなくて。叙情的で何も意味がないように見えて確実に何かを訴えている普段の彼の話とは、テイストがまったく違っていた。
ボクは本当に不安になって、そのままの気持ちのまま彼の左手をぐっと掴んだ。
ちょうちょのようにあちこちをひらひらしていた彼の手が、びたりと止まった。

どうしたの、ジョン。

その言葉のあとに、キミが楽しい気分になってくれるのは嬉しいけど、何かヘンだよ。とか、今日はゴキゲンだね。とか、いくらでも付け足せたけど、ボクは何も言えなかった。目の前のジョンの瞳から、いつもの虚ろな感じが消え失せていたから。

ごめんな、ダリウス。俺、もういくよ。

どこに?
そう言おうと思ったら、ジョンが突然拳銃を取り出して、何の躊躇いもなく口に咥えて撃った。

血と火薬の匂いを感じて殺風景な部屋のベッドの上で目覚めたら、その瞬間にはっきりと分かった。

ジョンが、いなくなっちゃった。

紫色のシャツの胸元を、谷底のような深い皺が残るんじゃないかってくらいに握り締めて、ここにも、どこにも彼はいないんだってしっかり理解させられた。

頑なにボクから何かを隠すように背中側に回され、動かなかった彼の右手。ボクはなんで、彼の左手を握る選択をしたんだろう。ボク自身が、左利きだから?せわしなく動く彼の左手に動揺したから?ボクが右手を掴んでいれば、彼の考えを、行動をいくらか止められたかもしれないのに。ボクは後悔した。たぶん、物心ついて、初めて。
アレは、心からの笑顔だったというわけか。これからすべてから解放されるんだ、っていう。

……なんで?
分かったけど、まだ全然分からない。
キミがそんなことをする必要がどこにあるの?

キミは確かに、ボクと同じだけ過ちを犯してきた。キミに残ったものがボクだけで、ボクの顔を見るたびに罪の意識に虐まれるなんて、嫌かもしれない。でも、全ては巻き戻ったりしない。この世界がクソの山に堕ちていってるのも、クズどもが生きながらえる中でも、時間はただ前に進むことしかできなかったから。過去は、過去でしょ。
等しく『正義』の下に生きるボクと一緒に、浄化されたキレイな世界に向けて歩き続けるのは、そんなに無理なことだった?ボクが隣にいても、ダメだったの?

キミ、ひょっとして何か勘違いしてた?
キミは、寄生虫と宿主の関係みたいに、生かさず殺さず宙ぶらりんにされてるように思えて寂しくなったのかな?
ボクはね、相互に利益が発生するとか、そういうことだけでキミと一緒にいたわけじゃない。
ボクも何かしてあげたい、一緒に生きていきたいって思ってたのにさ。

冷たいウィスキーをちびちび舐めながら、キミに事件のことをお話しするように促してたアレもさ。『正義』に雁字搦めになってるキミの辛い心を解きほぐすためだったのに。
なんでキミはこっちの気も知らずに、いつの間にか心を殺しちゃってるわけ?

キミが苦しんでいるとき、ボクは言ったよね。
いいよって。
そんなに苦しむ必要はないよって。

キミが少しノッてきてくれたとき、ボクは言ったよね。
いいねって。
キミは楽しむ権利があるんだよって。

うん。
……もう、いい。
いいんじゃないかな。……どうでも。

キミは最初から、ぜんぶ好きにすればよかったのに。
ボクが嫌いなら、憎いなら、ボクを殺して止めることもできた。お巡りさんがワルモノを殺す。真っ当な正当防衛。でも、キミはボクだけじゃなく、自分からも逃げた。ボクがキミのいないこの世界に残されることなんて何も考えないまま。自分勝手だよ。

キミはボクのこと、どうでもよかったんだね。
ボクはキミのこと、どうでもいい存在だなんて思ったこと、一度たりともなかったよ。

ねえ。ジョン。
ボクが死んだ方が、はるかによかったよ。

ジョンがいつも言ってたみたいな、キレーで大層なことだって語れるよ?ジョンが残される側にならなくてよかった……とか、ほざけないこともないよ?
でも今は、自分の吐いたウソで自分さえ誤魔化せないから、やらない。

世界を綺麗に浄化し尽くして、何になるんだろう。キミがいなかったら、ボクの他に誰も、世界の穢れを気にしないじゃない?

ジョン。
ボク、肋骨が潰れそうなんだ。肺の中が空っぽな感じがすごくする。これ、息できてるのかな?教えてよ。完全な自分の体なのに、存在理由は不完全なまま。

どうしよう。
これから。

……ああ、もう。いいか。
何もかもが、どうでもいい。



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