Glow with Love

2024.05.30



遠くで黒い船影が黒煙を上げて、マイアミの海に静かに沈みゆく。それを怖がることもなく、また、慌てもせずに静かに眺める男と女。
この場に誰かがいたとして、ボクらって、どういう風に見えるんだろう。
知り合い?友達?恋人?……親子?
まあ少なくとも、どう見てもアヤシイに違いない。実際、ボクらは『共犯』だ。

瑞々しいオレンジ色の光が水面みたいにゆらゆらしてて、目の前の青よりも……ボクは傍らのキミの瞳に見入る。
茹だるように温い風に吹かれて、ふわりと豊かに揺れる赤い髪。南国の木の葉っぱみたい。
こんな可憐なコが、もう何人も人を殺しているなんて、興奮でボクは今にも膝から崩れ落ちてしまいそう。年頃特有の反抗期で、親はもちろん、法の支配にさえ反旗を翻す女の子なんて……最高としか言いようがない。
無様に変わり果て、嫌らしくギラギラ光る世界の中でも。キミはありのままに輝いていて。綺麗だね。

「ふふ。何?ひょっとしてあなた、口説いてる?」
ボクとしたことが。思わず声に出てたみたい。
「わたし、小さい頃にパパと結婚する約束をしてしまったの。だから、あなたをパパに紹介して、承諾を得られたら考えてあげてもいいわ」
マイアミの夕焼けが作り出す暑苦しい色彩がいくつも重なった白い肌の陰影。それが歪に、ニヒルに歪む。

ああ。やっぱり。
「……私にはもう、パパに会わせる顔もないけど」
ジョンのことを想うキミって、妬けるくらいイイ顔をするよね。

「……嫌になる。うんざりしてどうしようもなくなったからパパから逃げたのに、わたしは……前よりもっとパパのことを想ってしまっている」
……馬鹿よね。
うん!とんだ親不孝ドラ娘だよね!ジョンはキミのことを想って、くどくど……。てな感じで、他人のボクが長々説教したところで、彼女の決意は揺るがないんだろう。
そうは思うけど。意外と、理解者の手が肩を抱いたその瞬間……堅い決意が簡単に頽れてしまいそうな気がしないでもない。少し、見てみたいね。実年齢よりずっと幼い表情になって、人目も気にせず泣きじゃくって、パパのところに帰るんだろうね。
まあ。実際にやるつもりなんてさらさらないけど。ボクは、これから先、もっとやりたいことがあるから。
キミとこうして一緒にいるのも、一種のターニングポイント。アメリカ全土浄化ツアーの、通過点の一つでしかない。

「わたし、その仮面の向こう側を知っているのよ」
気付けば、彼女の燃えるような目が、ボクを見つめていた。
「……ケイティ、それは」
「『正義』」

「……あなたの正体は分からない。でも求めるものは分かる。あなたの仮面の向こうから感じるのは『正義』。信念を持ったようなその目が、パパと一緒だもの」
「パパも、わたしをあたたかい眼差しで見ているようで、わたしの目、わたしそのもの……そのずっと向こう側の何かを見通しているみたいに思えて、嫌だったから」
ボクは踵を返し、背中と肘を柵に預け、空を仰いだ。
シャツの襟を直すフリをして手汗を拭う。

いやあ、メチャクチャドキドキしたね。体が火照って、汗が冷たく感じる。
ウソがバレたかどうか?違う。ボクは最初から、一度もウソなんて吐いてないからね。ただ、ホントのことを言わないだけ。真実を隠した方が、人々の安全を守れることもある……ってね。
……ジョンが、ボクが現れる前からソシツがあったんだなって改めて実感して、ただ、嬉しいだけ。
血を分けた娘にも狂気を感じ取られてて、それはそれで、カワイソウだけど。
ボクは、おかしくなりそうなくらいには嬉しいよ。

「肝心なときに限って黙り込むんだから」
優しくキスをしてあげたら、当たり前だけど、彼女も黙った。なんだか可笑しくて、顔を見合わせて二人で笑う。

「パパには、わたしのこと、何も伝えないでね。『正義』に一番近く在りたいパパが、『正義』から一番遠い人殺しになっちゃったわたしのことを知るなんて……想像しただけでわたしは、粉々に崩れてしまいそうだから」
「言わないよ。ボク、口が堅いから」
「いつも軽口叩くくせに」
「……でも、ありがとね」

言わないよ。
ジョンには、消えた一人娘が胸に秘めた良心のひとかけらさえ、伝えてあげないつもり。
ジョンは、それを感じ取った瞬間、ボクと『正義』の道を歩むのを止めてしまうだろうからね。
『正義』。それは、ボクらの悲願だから。

目の前にいるキミをあたたかい眼差しで見ているようで、キミの目、キミそのもの……そのずっと向こう側を見通してる。
同じだよ。何も違わないよ。キミのパパと。……ボクも、ワルい男だよね。

彼女がボクの肩に頭をもたせた。ボクも、その頭に重みを預けてみた。
彼女がボクの手を握る。ボクも、細い手を握り返す。

彼女が、この過激な反抗期を乗り越え、自分らしく生きられる道を選択する。それを、ボクが手助けする。そんな光景が脳裏に浮かんできた。
彼女がどうなっていくのか。どうしていくのか。近くでそれを見てみたい。見ていたい。

ボクが、『ジョン・ウェスト』じゃなく、一人の『ダリウス』として存在していたら、どうなっていたんだろう。
彼女からボクをジョンに紹介してもらって、娘はやらんとか言われながらもなんとか承諾を得て……それで……それで?

ボクってば、通過点で立ち止まって、何を考えているんだろう。
身が焦げるような、すぐ燃え尽きてなくなりそうな『恋』でもない。
……『正義』への重圧を感じながら、日々アメリカの平和を守ろうとするジョンの、脆い心の支えになっていたモノ。
……『愛』?
父性愛って、ヤツなのかな。
ボク、よく分かんないや。



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