Morning, My sunshine.

2024.06.26



「あ」 俺の高い声が、俺の背後で呆けたように一声鳴く。
「ふたごだ」
誰がお前なんかと血がつながってるって?そう口にしかけて、白いボウルの中に目をやると、そこには白身の海の中に二つの黄身が浮かんでいた。
「すご~い!ラッキーだねえ」
こいつはいつも、何に対しても真剣に向き合うことはしないが、意外にもしっかりと物事を見聞きしている。現に今のコレもそうだ。俺一人でキッチンに立っていたならば、何も気に留めず黄身も白身もごちゃごちゃにかき混ぜていただろう。こいつと俺は、そういうところは真逆だ。

「ねえジョン、ボクおなかすいたんだけど」
奴はいつの間にか俺の手からいとも簡単にホイッパーを奪っていて、次の瞬間には躊躇うことなくボウルに突っ込んだ。
ごしゃ。
マイアミの海に沈む太陽のような黄金色が、血を流したようにもったりと崩れた。
正攻法の正義を遵守してもなお変わり果てるこの世界の時の流れよりも……ずっと残酷に思えるあの光景が脳を刺すように鮮烈に蘇った。
「……分かったから。大人しく座ってろよ」
「うん!そうする~」
奴は、自分と同じ位置にある俺の頬に仮面を寄せて軽く擦り付けてから、キッチンを出ていった。
強ばったままの俺の顔は、未熟な果実よりも青ざめているに違いなかった。

「わあ、おいしい!ん~ジョンってホントにお料理上手だよね~」
仮面を外して俺のツラを晒しているこいつは、俺が作った朝食をまるで頬袋でもあるみたいに口いっぱいに頬張っている。
なぜだろう。さっきまで、胃液が逆流しそうなほどの吐き気に襲われていたのに、今はそれはなくなって、少しずつではあるがあたたかいコーヒーも、まろやかなバターの味がきいた卵料理も、食べられないこともない。
一言で表すなら俺は、薄情そのものだと強く思う。
世界でたった一人の大切な娘を自分のせいで殺め、それなのに……こうやってのうのうと生きている。最低な俺は昼夜延々と苦しみ続けて罰を受けるべきなのに、こうやって平気な顔で朝を迎えている。俺にしか護れなかった存在のことをすっかり忘れてしまったかのように、俺にしか殺せない存在とズルズルと奇妙な関係を続けている。
こいつを殺すには、やっぱり、俺が……。

「何か、考え事してる?」
目の前の俺の双眸が、太陽光のような色のない光を返している。唇は吊り上げられているが、目は笑っていない。
気のせいかもしれないが、まるで深淵のようなその奥に、既に俺と似たような考えに辿り着いたような気迫を感じる。
こいつも、俺がやめようなんて言い出したら、場合によっては……。

「ボクはね。ちょっとだけ、さっきのたまごのこと考えててさ」
……ああ。そんなことか。
まあ、口ではなんとでも言えるが。

「双子って、約一パーセント以下とかっていうとっても低い確率で生まれてくるんでしょ?凄いよねえ」
急に俺の中に生まれて、血を分けた家族すらもいない、生命の尊さも理解できない。そんなお前が何も知らずによく言うよ。

「じゃあ、お前が俺の中に生まれた確率は何パーセントなんだろうな」
淹れてからしばらく経って、湯気があまり立たなくなったコーヒーを一口飲む。
「お前は、なんで俺の元に来たんだろう。……いや。見当はついてる。あのセラピストが処方した薬。それは、そうなんだけど。なんでよりによって……」
「人が奇跡的に巡り会うのに、明確な理由がいるのかい?」
なぜか言い淀んでしまったが、俺の言い種は『とんだ貧乏くじを引かされたモンだ』と吐き捨てているのと同じだ。なのに、奴はちっとも揺らがない。それが、こいつの性分であるわけなんだが。

俺は理解の範疇を超えたこいつからいっそ逃れたいと思いながら、俺と同じ正義を理解しているこいつが必死に俺を引き留めるのを見たいと思っている。だから、度々心の端に掠るような言葉をぴしゃりと言い放ったりもする。気色の悪い、陰湿な試し行為だ。
能天気なこいつの思考のその一点を曇らせたい。
カラっと乾いた真夏の太陽みたいなこいつの心の隅に俺の湿っぽい陰りを与えてやらないとフェアじゃないと考えるのが止められない。
この昏い俺の世界に奇妙で生温い陽だまりを作った責任を取ってほしい。
俺も、かなりの自分勝手だ。人のことをとやかく言えないほどに。

「ボクは、キミと出会えてよかったと思ってるよ」

……ああ。もういいや。
お前はずっとそのままでいいよ。
お前がそのまま頭上で輝いてるから、俺はとりあえず顔だけは上げていられる。
ああ。なんだか……変な気分だ。なんかおかしいよ、俺。目の奥がじりじりと熱くて。残像が残るほど太陽を直視してしまったときって、こんな感じだったと思う。
空っぽの食器を下げようと立ち上がったら、奴も席を立って……。

気付いたら二人してベッドに横になっている。川の字ならぬ、二の字で。
奴は健やかな寝息を立てている。額にかかった黒い髪を撫で付ける。畜生、ガキみてえな顔で寝やがって。

双子、か。
確かに、生まれた頃から一緒にいたわけじゃないのに、血を分けたように似ているところは多い。
また、ケイティに兄弟がいたのなら、こんな自由気ままな感じなのだろうかと考えることも少なくない。

お前が本当に俺と血を分けたまったく別の存在としてこの世に生まれてきたならば、俺はお前を正義への執着から救えたのだろうか。そういう性質を持って生まれても、生きやすいように傍で支えていけたのだろうか。そんな馬鹿なことをぼんやりと考える俺も、こいつと同じ闇に堕ちた身であり、もう当たり前に手遅れなワケだが。

俺はもう、こうあればよかった、なんて考えたりはしない。こいつみたいに、こうしてよかった、と思うだけでも救われることが痛いほど分かったから。

現実と違って、夢の中の俺の家はあたたかく明るい光で満たされている。……眠い。瞼が重い。そろそろ、現実に戻らなきゃならないらしい。

「俺は、一人じゃなくてよかったと思ってるよ」

聞こえてないだろうけど、俺はそう呟いて俺の額にキスをした。
その顔は、少しだけはにかんでいるように見えた。



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